Rebuild myself

13年くらい温めてきた過食嘔吐と向き合っています。

いらんことしい

目的がないから動けないって

おもってた

 

私は、目標に飢えていた。

 

仕事は求められる役割がある。

 

恋愛も、求められる役割がある。

 

友人関係も、家族関係も

求められるものを、返す関係性は得意だ。

求められているうちは、

安心していられる。

 

問題は、求められなくなった時。

 

不安で、いてもたってもいられなくなるのだ。

それに対処するには

求められるようにアピールしたり

求められそうなことに気づいて先回りして対処してみたり

そういうことが出来ない場合は

不安を感じなくて済むための行動をする。

 

不安とは、ぼんやり感じ 「続ける」 ことで

ストレスとして心をどんどん圧迫していく

それに耐えるために、日々

感情を排除しようと努めているし

それに一見、成功しているように見える。

 

しかし1度生まれた感情は

見えない所に押し込んだだけ

 

いつまでたっても力を失うことは無い。

 

それに感情は生物で

時間が経つと腐ってくる

なんだったかもよく分からなくなる

 

そうすると

取り出したくても、取り出せなくなって

原因不明の体調不良となり

社会不適合者のレッテルを

自分で自分に貼ったが最後

周りからもそう見られるような行動が

解禁されて

どんどん孤独に陥っていく

 

そんな未来を想像すると

いっときの感情を無下にできない。

 

感情を無視することは

人間を辞めることへの第1歩

 

感受性豊かなら、なおのこと。

 

感情を押し殺せと、私の社会性が私に言う。

外側からの評価を得てナンボ。

 

色んな部分の中でも力を持っている

 

私の内面は

そんな社会的な部分に疲れている。

 

社会的なことはいいことだが

やや過剰。

内面が空っぽで

社会との繋がりが途切れると

目標物を失って

フラフラさまようしかなくなって

途方に暮れて立ち止まる

 

司令塔不在だと

何も出来なくなっている。

 

やりたいではなく

やるべきと

他人に言われてようやくエンジンがかかる

 

やりたいも

やるべきに

変換するから

やりたく無くなるのが

内面の自分

 

べきにつかれている